には居《お》りませんの。」
「いや、雨上りの日当りには、鉢前などに出はするがね。こんなに居やしないようだ。よくも気をつけはしないけれど、……(しょうじょう)よりもっと小さくって煙《けむ》のようだね。……またここにも一団《ひとかたまり》になっている。何と言う虫だろう。」
「太郎虫と言いますか、米搗虫《こめつきむし》と言うんですか、どっちかでございましょう。小さな児《こ》が、この虫を見ますとな、旦那さん……」
 と、言《ことば》が途絶えた。
「小さな児が、この虫を見ると?……」
「あの……」
「どうするんです。」
「唄をうとうて囃《はや》しますの。」
「何と言って……その唄は?」
「極《きまり》が悪うございますわ。……(太郎は米搗き、次郎は夕な、夕な。)……薄暮合《うすくれあい》には、よけい沢山《たんと》飛びますの。」
 ……思出した。故郷の町は寂しく、時雨の晴間に、私たちもやっぱり唄った。
「仲よくしましょう、さからわないで。」
 私はちょっかいを出すように、面《おもて》を払い、耳を払い、頭を払い、袖を払った。茶番の最明寺《さいみょうじ》どののような形を、更《あらた》めて静《しずか》に歩
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