るまで、戸外《おもて》は月の冴《さ》えたる気勢《けはい》。カラカラと小刻《こきざみ》に、女の通る下駄の音、屋敷町に響いたが、女中はまだ帰って来ない。
「心細いのが通り越して、気が変になっていたんです。
 じゃ、そんな、気味の悪い、物凄い、死神のさそうような、厭《いや》な濠端を、何の、お民さん。通らずともの事だけれど、なぜかまた、わざとにも、そこを歩行《ある》いて、行過《ゆきす》ぎてしまってから、まだ死なないでいるって事を、自分で確《たしか》めて見たくてならんのでしたよ。
 危険千万《けんのんせんばん》。
 だって、今だから話すんだけれど、その蚊帳《かや》なしで、蚊が居るッていう始末でしょう。無いものは活計《たつき》の代《しろ》という訳で。
 内で熟《じっ》としていたんじゃ、たとい曳《ひ》くにしろ、車も曳けない理窟ですから、何がなし、戸外《おもて》へ出て、足駄|穿《ば》きで駈け歩行《ある》くしだらだけれど、さて出ようとすると、気になるから、上《あが》り框《がまち》へ腰をかけて、片足履物をぶら下げながら、母《おっか》さん、お米は? ッて聞くんです。」
「お米は? ッてね、謹さん。」
 と、
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