」
「…………」
「国へ、国へ帰しやしないから。」
「あれ、お待ちなさい伯母さんが。」
「どうした、どうしたよ。」
という母の声、下に聞えて、わっとばかり、その譲という児が。
「煩《うるさ》いねえ!ちょいと、見て来ますからね、謹さん。」
とはらりと立って、脛《はぎ》白き、敷居際の立姿。やがてトントンと階下《した》へ下りたが、泣き留《や》まぬ譲を横抱きに、しばらくして品のいい、母親の形《なり》で座に返った。燈火の陰に胸の色、雪のごとく清らかに、譲はちゅうちゅうと乳を吸って、片手で縋《すが》って泣いじゃくる。
あるじは、きちんと坐《すわ》り直って、
「どうしたの、酷《ひど》く怯《おび》えたようだっけ。」
「夢を見たかい、坊や、どうしたのだねえ。」
と頬《ほお》に顔をかさぬれば、乳《ち》を含みつつ、愛らしい、大きな目をくるくるとやって、
「鼬が、阿母《おっか》さん。」
「ええ、」
二人は顔を見合わせた。
あるじは、居寄って顔を覗《のぞ》き、ことさらに打笑い、
「何、内へ鼬なんぞ出るものか。坊や、鼠の音を聞いたんだろう。」
小児《こども》はなお含んだまま、いたいけに捻向《ねじむ》
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