いて、
「ううむ、内じゃないの。お濠《ほり》ン許《とこ》で、長い尻尾で、あの、目が光って、私《わたい》、私を睨《にら》んで、恐《こわ》かったの。」
 と、くるりと向いて、ひったり母親のその柔かな胸に額を埋《うず》めた。
 また顔を見合わせたが、今はその色も変らなかった。
「おお、そうかい、夢なんですよ。」
「恐かったな、恐かったな、坊や。」
「恐かったね。」
 からからと格子が開いて、
「どうも、おそなわりました。」と勝手でいって、女中が帰る。
「さあ、御馳走だよ。」
 と衝《つ》と立ったが、早急《さっきゅう》だったのと、抱いた重量《おもみ》で、裳《もすそ》を前に、よろよろと、お民は、よろけながら段階子《だんばしご》。
「謹さん。」
「…………」
「翌朝《あした》のお米は?」
 と艶麗《はでやか》に莞爾《にっこり》して、
「早く、奥さんを持って下さいよ。ああ、女中さん御苦労でした。」
 と下を向いて高く言った。
 その時|襖《ふすま》の開く音がして、
「おそなわりました、御新造様《ごしんぞさま》。」
 お民は答えず、ほと吐息。円髷《まげ》艶《つや》やかに二三段、片頬《かたほ》を見せて、
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