に、濠端《ほりばた》を通るんです。枢は下りて、貴女の寝た事は知りながら、今にも濠へ、飛込もうとして、この片足が崖《がけ》をはずれる、背後《うしろ》でしっかりと引き留めて、何をするの、謹さん、と貴女がきっというと確《たしか》に思った。
 ですから、死のうと思い、助かりたい、と考えながら、そんな、厭《いや》な、恐ろしい濠端を通ったのも、枢をおろして寝なすった、貴女が必ず助けてくれると、それを力にしたんです。お庇《かげ》で活きていたんですもの、恩人でなくッてさ、貴女は命の親なんですよ。」
 とただ懐かしげに嬉しそうにいう顔を、じっと見る見る、ものをもいわず、お民ははらはらと、薄曇る燈《ともしび》の前に落涙した。
「お民さん、」
「謹さん、」
 とばかり歯をカチリと、堰《せ》きあえぬ涙を噛《か》み留めつつ、
「口についていうようでおかしいんですが、私もやっぱり。貴下は、もう、今じゃこんなにおなりですから、私は要らなくなったでしょうが、私は今も、今だって、その時分から、何ですよ、同《おんな》じなんです、謹さん。慾《よく》にも、我慢にも、厭で厭で、厭で厭で死にたくなる時がありますとね、そうすると、
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