にも知らないで児持《こもち》になったんですもの。碌《ろく》に小袖《こそで》一つ仕立って上げた事はなく、貴下が一生の大切《だいじ》だった、そのお米のなかった時も、煙草《たばこ》も買ってあげないでさ。
 後で聞いて口惜《くやし》くって、今でも怨《うら》んでいるけれど、内証の苦しい事ったら、ちっとも伯母さんは聞かして下さらないし、あなたの御容子《ごようす》でも分りそうなものだったのに、私が気がつかないからでしょうけれど、いつお目にかかっても、元気よく、いきいきしてねえ、まったくですよ、今なんぞより、窶《やつ》れてないで、もっと顔色も可《よ》かったもの……」
「それです、それですよ、お民さん。その顔色の可かったのも、元気よく活々《いきいき》していたのだって、貴女、貴女の傍《そば》に居る時の他《ほか》に、そうした事を見た事はありますまい。
 私はもう、影法師が死神に見えた時でも、貴女に逢えば、元気が出て、心が活々したんです。それだから貴女はついぞ、ふさいだ、陰気な、私の屈託顔を見た事はないんです。
 ねえ。
 先刻《さっき》もいう通り、私の死んでしまった方が阿母《おふくろ》のために都合よく、人が
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