音《ね》に出づる。
「謹さん、」
「ええ、」
 お民は唾《つ》をのみ、
「ほんとうですか。」
「ほんとうですとも、まったくですよ。」
「ほんとうに、謹さん。」
「お民さんは、嘘だと思って。」
「じゃもういっそ。」
 と烈《はげ》しく火箸《ひばし》を灰について、
「帰らないでおきましょうか。」

       五

 我を忘れてお民は一気に、思い切っていいかけた、言《ことば》の下に、あわれ水ならぬ灰にさえ、かず書くよりも果敢《はかな》げに、しょんぼり肩を落したが、急に寂《さみ》しい笑顔を上げた。
「ほほほほほ、その気で沢山《たんと》御馳走をして下さいまし。お茶ばかりじゃ私は厭《いや》。」
 といううち涙さしぐみぬ。
「謹さん、」
 というも曇り声に、
「も、貴下《あなた》、どうして、そんなに、優《やさし》くいって下さるんですよ。こうした私じゃありませんか。」
「貴女《あなた》でなくッて、お民さん、貴女は大恩人なんだもの。」
「ええ? 恩人ですって、私が。」
「貴女が、」
「まあ! 誰方《どなた》のねえ?」
「私のですとも。」
「どうして、謹さん、私はこんなぞんざいだし、もう十七の年に、何
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