かり》の方に傾けながら、
「貴下。ちょいと、その水差しを。お道具は揃ったけれど、何だかこの二階の工合が下宿のようじゃありませんか。」

       四

「それでもね、」
 とあるじは若々しいものいいで、
「お民さんが来てから、何となく勝手が違って、ちょっと他所《よそ》から帰って来ても、何だか自分の内のようじゃないんですよ。」
「あら、」
 とて清《すず》しい目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》り、鉄瓶の下に両手を揃えて、真直《まっすぐ》に当りながら、
「そんな事を言うもんじゃありません。外へといっては、それこそ田舎の芝居一つ、めったに見に出た事もないのに、はるばる一人旅で逢《あ》いに来たんじゃありませんか、酷《ひど》いよ、謹さんは。」
 と美しく打怨《うちえん》ずる。
「飛んだ事を、ははは。」
 とあるじも火に翳《かざ》して、
「そんな気でいった、内らしくないではない、その下宿屋らしくないと言ったんですよ。」
「ですからね、早くおもらいなさいまし、悪いことはいいません。どんなに気がついても、しんせつでも、女中じゃ推切《おしき》って、何かすることが出来ませんからね、
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