、破《やぶ》れて煤《すゝ》けたのを貼替《はりか》へたので、新規《しんき》に出來《でき》た店《みせ》ではない。柳屋《やなぎや》は土地《とち》で老鋪《しにせ》だけれども、手廣《てびろ》く商《あきなひ》をするのではなく、八九十|軒《けん》もあらう百|軒《けん》足《た》らずの此《こ》の部落《ぶらく》だけを花主《とくい》にして、今代《こんだい》は喜藏《きざう》といふ若《わか》い亭主《ていしゆ》が、自分《じぶん》で賣《う》りに※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]《まは》るばかりであるから、商《あきなひ》に出《で》た留守《るす》の、晝過《ひるすぎ》は森《しん》として、柳《やなぎ》の蔭《かげ》に腰障子《こししやうじ》が閉《し》まつて居《ゐ》る、樹《き》の下《した》、店《みせ》の前《まへ》から入口《いりくち》へ懸《か》けて、地《ぢ》の窪《くぼ》むだ、泥濘《ぬかるみ》を埋《う》めるため、一面《いちめん》に貝殼《かひがら》が敷《し》いてある、白《しろ》いの、半分《はんぶん》黒《くろ》いの、薄紅《うすべに》、赤《あか》いのも交《まじ》つて堆《うづたか》い。
 隣屋《となり》は此《この》邊《へん》に棟《むね》を並《なら》ぶる木屋《きや》の大家《たいけ》で、軒《のき》、廂《ひさし》、屋根《やね》の上《うへ》まで、犇《ひし》と木材《もくざい》を積揃《つみそろ》へた、眞中《まんなか》を分《わ》けて、空高《そらだか》い長方形《ちやうはうけい》の透間《すきま》から凡《およ》そ三十|疊《でふ》も敷《し》けようといふ店《みせ》の片端《かたはし》が見《み》える、其《そ》の木材《もくざい》の蔭《かげ》になつて、日《ひ》の光《ひかり》もあからさまには射《さ》さず、薄暗《うすぐら》い、冷々《ひや/\》とした店前《みせさき》に、帳場格子《ちやうばがうし》を控《ひか》へて、年配《ねんぱい》の番頭《ばんとう》が唯《たゞ》一人《ひとり》帳合《ちやうあひ》をしてゐる。これが角屋敷《かどやしき》で、折曲《をれまが》ると灰色《はひいろ》をした道《みち》が一筋《ひとすぢ》、電柱《でんちう》の著《いちじる》しく傾《かたむ》いたのが、前《まへ》と後《うしろ》へ、別々《べつ/\》に頭《かしら》を掉《ふ》つて奧深《おくぶか》う立《た》つて居《ゐ》る、鋼線《はりがね》が又《また》半《なか》だるみをして、廂《ひさし》よりも低《
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