ひく》い處《ところ》を、弱々《よわ/\》と、斜《なゝ》めに、さも/\衰《おとろ》へた形《かたち》で、永代《えいたい》の方《はう》から長《なが》く續《つゞ》いて居《ゐ》るが、圖《づ》に描《か》いて線《せん》を引《ひ》くと、文明《ぶんめい》の程度《ていど》が段々《だん/\》此方《こつち》へ來《く》るに從《したが》うて、屋根越《やねごし》に鈍《にぶ》ることが分《わか》るであらう。
單《たん》に電柱《でんちう》ばかりでない、鋼線《はりがね》ばかりでなく、橋《はし》の袂《たもと》の銀杏《いてふ》の樹《き》も、岸《きし》の柳《やなぎ》も、豆腐屋《とうふや》の軒《のき》も、角家《かどや》の塀《へい》も、それ等《ら》に限《かぎ》らず、あたりに見《み》ゆるものは、門《もん》の柱《はしら》も、石垣《いしがき》も、皆《みな》傾《かたむ》いて居《ゐ》る、傾《かたむ》いて居《ゐ》る、傾《かたむ》いて居《ゐ》るが盡《こと/″\》く一樣《いちやう》な向《むき》にではなく、或《ある》ものは南《みなみ》の方《はう》へ、或《ある》ものは北《きた》の方《はう》へ、また西《にし》の方《はう》へ、東《ひがし》の方《はう》へ、てん/″\ばら/\になつて、此《この》風《かぜ》のない、天《そら》の晴《は》れた、曇《くもり》のない、水面《すゐめん》のそよ/\とした、靜《しづ》かな、穩《おだや》かな日中《ひなか》に處《しよ》して、猶且《なほか》つ暴風《ばうふう》に揉《も》まれ、搖《ゆ》らるゝ、其《そ》の瞬間《しゆんかん》の趣《おもむき》あり。ものの色《いろ》もすべて褪《あ》せて、其《その》灰色《はひいろ》に鼠《ねずみ》をさした濕地《しつち》も、草《くさ》も、樹《き》も、一|部落《ぶらく》を蔽包《おほひつゝ》むだ夥多《おびたゞ》しい材木《ざいもく》も、材木《ざいもく》の中《なか》を見《み》え透《す》く溜池《ためいけ》の水《みづ》の色《いろ》も、一切《いつさい》、喪服《もふく》を着《つ》けたやうで、果敢《はか》なく哀《あはれ》である。
三
界隈《かいわい》の景色《けしき》がそんなに沈鬱《ちんうつ》で、濕々《じめ/\》として居《ゐ》るに從《したが》うて、住《す》む者《もの》もまた高聲《たかごゑ》ではものをいはない。歩行《あるく》にも内端《うちわ》で、俯向《うつむ》き勝《がち》で、豆腐屋《とうふや》も
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