絞《つのしぼり》の手絡《てがら》を弛《ゆる》う大《おほ》きくかけたが、病氣《びやうき》であらう、弱々《よわ/\》とした後姿《うしろすがた》。
見透《みとほし》の裏《うら》は小庭《こには》もなく、すぐ隣屋《となり》の物置《ものおき》で、此處《こゝ》にも犇々《ひし/\》と材木《ざいもく》が建重《たてかさ》ねてあるから、薄暗《うすぐら》い中《なか》に、鮮麗《あざやか》な其《その》淺黄《あさぎ》の手絡《てがら》と片頬《かたほ》の白《しろ》いのとが、拭込《ふきこ》むだ柱《はしら》に映《うつ》つて、ト見《み》ると露草《つゆぐさ》が咲《さ》いたやうで、果敢《はか》なくも綺麗《きれい》である。
與吉《よきち》はよくも見《み》ず、通《とほ》りがかりに、
「今日《こんにち》は、」と、聲《こゑ》を掛《か》けたが、フト引戻《ひきもど》さるゝやうにして覗《のぞ》いて見《み》た、心着《こゝろづ》くと、自分《じぶん》が挨拶《あいさつ》したつもりの婦人《をんな》はこの人《ひと》ではない。
四
「居《ゐ》ない。」と呟《つぶや》くが如《ごと》くにいつて、其《その》まゝ通拔《とほりぬ》けようとする。
ト日《ひ》があたつて暖《あた》たかさうな、明《あかる》い腰障子《こししやうじ》の内《うち》に、前刻《さつき》から靜《しづ》かに水《みづ》を掻※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]《かきまは》す氣勢《けはひ》がして居《ゐ》たが、ばつたりといつて、下駄《げた》の音《おと》。
「與吉《よきち》さん、仕事《しごと》にかい。」
と婀娜《あだ》たる聲《こゑ》、障子《しやうじ》を開《あ》けて顏《かほ》を出《だ》した、水色《みづいろ》の唐縮緬《たうちりめん》を引裂《ひつさ》いたまゝの襷《たすき》、玉《たま》のやうな腕《かひな》もあらはに、蜘蛛《くも》の圍《ゐ》を絞《しぼ》つた浴衣《ゆかた》、帶《おび》は占《し》めず、細紐《ほそひも》の態《なり》で裾《すそ》を端折《はしよ》つて、布《ぬの》の純白《じゆんぱく》なのを、短《みじ》かく脛《はぎ》に掛《か》けて甲斐々々《かひ/″\》しい。
齒《は》を染《そ》めた、面長《おもなが》の、目鼻立《めはなだち》はつきりとした、眉《まゆ》は落《おと》さぬ、束《たば》ね髮《がみ》の中年増《ちうどしま》、喜藏《きざう》の女房《にようばう》で、お品《しな》
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