こ》にござります。はは。」
 と変哲もない愛想笑《あいそうわらい》。が、そう云う源助の鼻も赤し、これはいかな事、雑所先生の小鼻のあたりも紅《べに》が染《にじ》む。
「実際、厳《きびし》いな。」
 と卓子《テエブル》の上へ、煙管《きせる》を持ったまま長く露出《むきだ》した火鉢へ翳《かざ》した、鼠色の襯衣《しゃつ》の腕を、先生ぶるぶると震わすと、歯をくいしばって、引立《ひった》てるようにぐいと擡《もた》げて、床板へ火鉢をどさり。で、足を踏張《ふんば》り、両腕をずいと扱《しご》いて、
「御免を被《こうむ》れ、行儀も作法も云っちゃおられん、遠慮は不沙汰《ぶさた》だ。源助、当れ。」
「はい、同役とも相談をいたしまして、昨日《きのう》にも塞《ふさ》ごうと思いました、部屋(と溜《たまり》の事を云う)の炉《ろ》にまた噛《かじ》りつきますような次第にござります。」と中腰になって、鉄火箸《かなひばし》で炭を開《あら》けて、五徳を摺《ず》って引傾《ひっかた》がった銅の大薬鑵《おおやかん》の肌を、毛深い手の甲でむずと撫《な》でる。
「一杯|沸《たぎ》ったのを注《さ》しましょうで、――やがてお弁当でござりましょ
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