《はかま》をゆらりと踏開いて腰を落しつける。その前へ、小使はもっそり進む。
「卓子の向う前でも、砂埃《すなッぽこり》に掠《かす》れるようで、話がよく分らん、喋舌《しゃべ》るのに骨が折れる。ええん。」と咳《しわぶき》をする下から、煙草《たばこ》を填《つ》めて、吸口をト頬へ当てて、
「酷《ひど》い風だな。」
「はい、屋根も憂慮《きづか》われまする……この二三年と申しとうござりまするが、どうでござりましょうぞ。五月も半ば、と申すに、北風《ならい》のこう烈《はげ》しい事は、十年|以来《このかた》にも、ついぞ覚えませぬ。いくら雪国でも、貴下様《あなたさま》、もうこれ布子から単衣《ひとえもの》と飛びまする処を、今日《こんにち》あたりはどういたして、また襯衣《しゃつ》に股引《ももひき》などを貴下様、下女の宿下り見まするように、古葛籠《ふるつづら》を引覆《ひっくりかえ》しますような事でござりまして、ちょっと戸外《おもて》へ出て御覧《ごろう》じませ。鼻も耳も吹切られそうで、何とも凌《しの》ぎ切れませんではござりますまいか。
 三右衛門なども、鼻の尖《さき》を真赤《まっか》に致して、えらい猿田彦《さるだひ
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