て往来中駆廻ったげでござります。いつかも同役にも話した事でござりまするが、何の事か分りません。唐の都でも、皆《みん》なが不思議がっておりますると、その日から三日目に、年代記にもないほどな大火事が起りまして。」
「源助、源助。」
と雑所大きに急《せ》いて、
「何だ、それは。胸へ人という字を書いたのは。」とかかる折から、自分で考えるのがまだるこしそうであった。
「へい、まあ、ちょいとした処、早いが可《よ》うございます。ここへ、人と書いて御覧じゃりまし。」
風の、その慌《あわただ》しい中でも、対手《あいて》が教頭心得の先生だけ、もの問《とわ》れた心の矜《ほこり》に、話を咲せたい源助が、薄汚れた襯衣《しゃつ》の鈕《ぼたん》をはずして、ひくひくとした胸を出す。
雑所も急心《せきごころ》に、ものをも言わず有合わせた朱筆《しゅふで》を取って、乳を分けて朱《あか》い人。と引かれて、カチカチと、何か、歯をくいしめて堪《こら》えたが、突込む筆の朱が刎《は》ねて、勢《いきおい》で、ぱっと胸毛に懸《かか》ると、火を曳《ひ》くように毛が動いた。
「あ熱々《つつ》!」
と唐突《だしぬけ》に躍り上って、とん
前へ
次へ
全36ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング