れば、自分の身体《からだ》はどうなってなりとも、人も家も焼けないようにするのが道だ、とおっしゃるでしょう。
 殿方の生命《いのち》は知らず、女の操というものは、人にも家にもかえられぬ。……と私はそう思うんです。そう私が思う上は、火事がなければなりません。今云う通り、私へ面当てに焼くのだから。
 まだ私たち女の心は、貴下《あなた》の年では得心が行《ゆ》かないで、やっぱり先生がおっしゃるように、我身を棄てても、人を救うが道理のように思うでしょう。
 いいえ、違います……殿方の生命は知らず。)
 と繰返して、
(女の操というものは。)と熟《じっ》と顔を凝視《みつ》めながら、
(人にも家にも代えられない、と浪ちゃん忘れないでおいでなさい。今に分ります……紅《あか》い木の実を沢山《たんと》食べて、血の美しく綺麗な児《こ》には、そのかわり、火の粉も桜の露となって、美しく降るばかりですよ。さ、いらっしゃい、早く。気を着けて、私の身体《からだ》も大切な日ですから。)
 と云う中《うち》にも、裾《すそ》も袂も取って、空へ頭髪《かみ》ながら吹上げそうだったってな。これだ、源助、窓硝子《まどがらす》が波を打
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