抱寄せるようにして、そして襟を掻合《かきあわ》せてくれたのが、その茱萸《ぐみ》なんだ。
(私がついていられると可《い》いんだけれど、姉さんは、今日は大事な日ですから。)
と云う中《うち》にも、風のなぐれで、すっと黒髪を吹いて、まるで顔が隠れるまで、むらむらと懸《かか》る、と黒雲が走るようで、はらりと吹分ける、と月が出たように白い頬が見えたと云う……
けれども、見えもせぬ火事があると、そんな事は先生には言憎《いいにく》い、と宮浜が頭《かぶり》を振ったそうだ。
(では、浪ちゃんは、教師さんのおっしゃる事と、私の言う事と、どっちをほんとうだと思います。――)
こりゃ小児《こども》に返事が出来なかったそうだが、そうだろう……なあ、無理はない、源助。
(先生のお言《ことば》に嘘はありません。けれども私の言う事はほんとうです……今度の火事も私の気でどうにもなる。――私があるものに身を任せれば、火は燃えません。そのものが、思《おもい》の叶《かな》わない仇《あだ》に、私が心一つから、沢山の家も、人も、なくなるように面当《つらあ》てにしますんだから。
まあ、これだって、浪ちゃんが先生にお聞きなさ
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