した。
(やあい、井戸側が風で飛ばい。)か、何か、哄《どっ》と吶喊《とき》を上げて、小児が皆《みんな》それを追懸けて、一団《ひとかたまり》に黒くなって駆出すと、その反対の方へ、誰にも見着けられないで、澄まして、すっと行ったと云うが、どうだ、これも変だろう。
横手の土塀際の、あの棕櫚《しゅろ》の樹の、ばらばらと葉が鳴る蔭へ入って、黙って背《せなか》を撫《な》でなぞしてな。
そこで言聞かされたと云うんだ。
(今に火事がありますから、早く家《うち》へお帰んなさい、先生にそう云って。でも学校の教師さん、そんな事がありますかッて肯《き》きなさらないかも知れません。黙ってずんずん帰って可《よ》うござんす。怪我《けが》には替えられません。けれども、後で叱られると不可《いけ》ませんから、なりたけお許しをうけてからになさいましよ。
時刻はまだ大丈夫だとは思いますが、そんな、こんなで帰りが遅れて、途中、もしもの事があったら、これをめしあがれよ。そうすると烟《けむ》に捲《ま》かれませんから。)
とそう云ってな。……そこで、袂《たもと》から紙包みのを出して懐中《ふところ》へ入れて、圧《おさ》えて、こう
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