》の倒れた事でも、沸返《にえかえ》って騒立つ連中が、一人それまで居なかったのを、誰もいッつけ口をしなかったも怪《あやし》いよ。
 ふらりと廊下から、時ならない授業中に入って来たので、さすがに、わっと動揺《どよ》めいたが、その音も戸外《おもて》の風に吹攫《ふきさら》われて、どっと遠くへ、山へ打《ぶ》つかるように持って行《ゆ》かれる。口や目ばかり、ばらばらと、動いて、騒いで、小児等《こどもら》の声は幽《かすか》に響いた。……」

       六

「私《わし》も不意だから、変に気を抜かれたようになって、とぼんと、あの可愛らしい綺麗な児《こ》を見たよ。
 密《そっ》と椅子の傍《そば》へ来て、愛嬌《あいきょう》づいた莞爾《にっこり》した顔をして、
(先生、姉さんが。)
 と云う。――姉さんが来て、今日は火が燃える、大火事があって危ないから、早仕舞《はやじまい》にしてお帰りなさい。先生にそうお願いして、と言いますから……家《うち》へ帰らして下さい、と云うんです。含羞《はにか》む児だから、小さな声して。
 風はこれだ。
 聞えないで僥倖《さいわい》。ちょっとでも生徒の耳に入ろうものなら、壁を打抜
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