《かけあが》って、……ましぐらにまた摺落《ずりお》ちて、見霽《みはら》しへ出ると、どうだ。夜が明けたように広々として、崖のはずれから高い処を、乗出して、城下を一人で、月の客と澄まして視《なが》めている物見の松の、ちょうど、赤い旗が飛移った、と、今見る処に、五日頃の月が出て蒼白《あおじろ》い中に、松の樹はお前、大蟹《おおがに》が海松房《みるぶさ》を引被《ひっかず》いて山へ這出《はいで》た形に、しっとりと濡れて薄靄《うすもや》が絡《まと》っている。遥かに下だが、私の町内と思うあたりを……場末で遅廻りの豆腐屋の声が、幽《かすか》に聞えようというのじゃないか。
話にならん。いやしくも小児《こども》を預って教育の手伝もしようというものが、まるで狐に魅《つま》まれたような気持で、……家内にさえ、話も出来ん。
帰って湯に入って、寝たが、綿《わた》のように疲れていながら、何か、それでも寝苦《ねぐるし》くって時々早鐘を撞《つ》くような音が聞えて、吃驚《びっくり》して目が覚める、と寝汗でぐっちょり、それも半分は夢心地さ。
明方からこの風さな。」
「正寅《しょうとら》の刻からでござりました、海嘯《つな
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