………」小使は口も利かず。
「その時、旗を衝《つ》と上げて、
(物見からちと見物なされ。)と云うと、上げたその旗を横に、飜然《ひらり》と返して、指したと思えば、峰に並んだ向うの丘の、松の梢《こずえ》へ颯《さっ》と飛移ったかと思う、旗の煽《あお》つような火が松明《たいまつ》を投附けたように※[#「火+發」、463−5]《ぱっ》と燃え上る。顔も真赤《まっか》に一面の火になったが、遥《はる》かに小さく、ちらちらと、ただやっぱり物見の松の梢の処に、丁子頭《ちょうじがしら》が揺れるように見て、気が静《しずま》ると、坊主も猿も影も無い。赤い旗も、花火が落ちる状《さま》になくなったんだ。
小児《こども》が転んで泣くようだ、他愛がないじゃないか。さてそうなってから、急に我ながら、世にも怯《おび》えた声を出して、
(わっ。)と云ってな、三反ばかり山路《やまみち》の方へ宙を飛んで遁出《にげだ》したと思え。
はじめて夢が覚めた気になって、寒いぞ、今度は。がちがち震えながら、傍目《わきめ》も触《ふ》らず、坊主が立ったと思う処は爪立足《つまだちあし》をして、それから、お前、前の峰を引掻《ひっか》くように駆上
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