り》が遅いから、まあ、可《よ》かった。やっと旧道に繞《めぐ》って出たのよ。
 今日とは違った嘘のような上天気で、風なんか薬にしたくもなかったが、薄着で出たから晩方は寒い。それでも汗の出るまで、脚絆掛《きゃはんがけ》で、すたすた来ると、幽《かすか》に城が見えて来た。城の方にな、可厭《いや》な色の雲が出ていたには出ていたよ――この風になったんだろう。
 その内に、物見の松の梢《こずえ》の尖《さき》が目に着いた。もう目の前の峰を越すと、あの見霽《みはら》しの丘へ出る。……後は一雪崩《ひとなだれ》にずるずると屋敷町の私の内へ、辷《すべ》り込まれるんだ、と吻《ほっ》と息をした。ところがまた、知ってる通り、あの一町場《ひとちょうば》が、一方谷、一方|覆被《おっかぶ》さった雑木林で、妙に真昼間《まっぴるま》も薄暗い、可厭《いや》な処じゃないか。」
「名代《なだい》な魔所でござります。」
「何か知らんが。」
 と両手で頤《あご》を扱《しご》くと、げっそり瘠《や》せたような顔色《かおつき》で、
「一《ひと》ッきり、洞穴《ほらあな》を潜《くぐ》るようで、それまで、ちらちら城下が見えた、大川の細い靄《もや》
前へ 次へ
全36ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング