かえりみ》て、
「皆様《みなさん》、これじゃ耐《たま》らん。ちと甲板《かんぱん》へお出《い》でなさい。涼しくッてどんなに心地《こころもち》が快《いい》か知れん。」
これ空谷《くうこく》の跫音《きょうおん》なり。盲人《めいし》は急遽《いそいそ》声する方《かた》に這寄《はいよ》りぬ。
「もし旦那様、何ともはや誠《まこと》に申兼《もうしか》ねましてございますが、はい、小用場《こようば》へはどちらへ参りますでございますか、どうぞ、はい。……」
盲人《めしい》は数多《あまたたび》渠《かれ》の足下に叩頭《ぬかづ》きたり。
学生は渠《かれ》が余りに礼の厚きを訝《いぶか》りて、
「うむ、便所かい。」とその風体《ふうてい》を眺めたりしが、
「ああ、お前|様《さん》不自由なんだね。」
かくと聞くより、盲人《めしい》は飛立つばかりに懽《よろこ》びぬ。
「はい、はい。不自由で、もう難儀をいたします。」
「いや、そりゃ困るだろう。どれ僕が案内してあげよう。さあ、さあ、手を出した。」
「はい、はい。それはどうも、何ともはや、勿体《もったい》もない、お難有《ありがと》う存じます。ああ、南無阿弥陀仏《なむあみ
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