し婦人《おんな》は蒼白《あおじろ》き顔をわずかに擡《もた》げて、
「ええ、もう知りませんよう!」
酷《むご》くも袂《たもと》を振払いて、再び自家《おのれ》の苦悩に悶《もだ》えつ。盲人《めしい》はこの一喝《いっかつ》に挫《ひし》がれて、頸《くび》を竦《すく》め、肩を窄《すぼ》めて、
「はい、はい、はい。」
中
甲板《デッキ》より帰来《かえりきた》れる一個の学生は、室《しつ》に入《い》るよりその溽熱《むしあつさ》に辟易《へきえき》して、
「こりゃ劇《ひど》い!」と眉を顰《ひそ》めて四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》せり。
狼藉《ろうぜき》に遭《あ》えりし死骸《むくろ》の棄《す》てられたらむように、婦女等《おんなたち》は算《さん》を乱して手荷物の間に横《よこた》われり。
「やあ、やあ! 惨憺《さんたん》たるものだ。」
渠《かれ》はこの惨憺《みじめ》さと溽熱《むしあつ》さとに面《おもて》を皺《しわ》めつつ、手荷物の鞄《かばん》の中《うち》より何やらん取出《とりいだ》して、忙々《いそがわしく》立去らむとしたりしが、たちまち左右を顧《
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