らざりければ、渠《かれ》は困《こう》じ果てたる面色《おももち》にてしばらく黙《もく》せしが、やがて臆《おく》したる声音《こわね》にて、
「はい、もし、誠《まこと》に申兼《もうしか》ねましたが、小用場《こようば》はどこでございましょうかなあ。」
 渠《かれ》は頸《くび》を延《の》べ、耳を欹《そばだ》てて誨《おしえ》を俟《ま》てり。答うる者はあらで、婦女《おんな》の呻《うめ》く声のみ微々《ほそぼそ》と聞えつ。
 渠《かれ》は居去《いざ》りつつ捜寄《さぐりよ》れば、袂《たもと》ありて手頭《てさき》に触れぬ。
「どうも、はや御面倒でございますが、小用場《こようば》をお教えなすって下さいまし。はい誠《まこと》に不自由な老夫《おやじ》でございます。」
 渠《かれ》は路頭《ろとう》の乞食《こつじき》の如《ごと》く、腰を屈《かが》め、頭を下げて、憐《あわれみ》を乞えり。されどもなお応ずる者はあらざりしなり。盲人《めしい》はいよいよ途方《とほう》に暮れて、
「もし、どうぞ御願でございます。はいどうぞ。」
 おずおずその袂を曳《ひ》きて、惻隠《そくいん》の情《こころ》を動かさむとせり。打俯《うちふ》したり
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