満載したる五六|艘《そう》の船は漕《こぎ》寄せたり。
俵の数は約二百俵、五十|石《こく》内外の米穀《べいこく》なれば、機関室も甲板《デッキ》の空処《あき》も、隙間《すきま》なきまでに積みたる重量のために、船体はやや傾斜を来《きた》して、吃水《きっすい》は著しく深くなりぬ。
俵はほとんど船室の出入口をも密封したれば、さらぬだに鬱燠《うついく》たる室内は、空気の流通を礙《さまた》げられて、窖廩《あなぐら》はついに蒸風呂《むしぶろ》となりぬ。婦女等《おんなたち》は苦悶《くもん》に苦悶《くもん》を重ねて、人心地《ひとごこち》を覚えざるもありき。
睡りたるか、覚めたるか、身動きもせで臥《ふ》したりし盲人《めしい》はやにわに起上りて、
「はてな、はてな。」と首《こうべ》を傾けつつ、物を索《もと》むる気色《けしき》なりき。側《かたわら》に在《あ》るは、さばかり打悩《うちなや》める婦女《おんな》のみなりければ、渠《かれ》の壁訴訟《かべそしょう》はついに取挙《とりあ》げられざりき。盲人《めしい》は本意《ほい》無げに呟《つぶや》けり。
「はてな、小用場《こようば》はどこかなあ。」
なお応ずる者のあ
前へ
次へ
全26ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング