。されば船室よりは甲板《デッキ》こそ乗客を置くべき所にして、下等室は一個の溽熱《むしあつ》き窖廩《あなぐら》に過ぎざるなり。
 この内《うち》に留《とどま》りて憂目《うきめ》を見るは、三人《みたり》の婦女《おんな》と厄介《やっかい》の盲人《めしい》とのみ。婦女等《おんなたち》は船の動くと与《とも》に船暈《せんうん》を発《おこ》して、かつ嘔《は》き、かつ呻《うめ》き、正体無く領伏《ひれふ》したる髪の乱《みだれ》に汚穢《けがれもの》を塗《まみ》らして、半死半生の間に苦悶せり。片隅なる盲翁《めくらおやじ》は、毫《いささか》も悩める気色はあらざれども、話相手もあらで無聊《ぶりょう》に堪《た》えざる身を同じ枕に倒して、時々|南無仏《なむぶつ》、南無仏《なむぶつ》と小声に唱名《しょうみょう》せり。
 抜錨《ばつびょう》後二時間にして、船は魚津に着きぬ。こは富山県の良港にて、運輸の要地なれば、観音丸《かんのんまる》は貨物を積まむために立寄りたるなり。
[#天から4字下げ]来るか、来るかと浜に出て見れば、浜の松風音ばかり。
 櫓声《ろせい》に和《か》して高らかに唱連《うたいつ》れて、越中|米《まい》を
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