られて、坐臥行住《ざがぎょうじゅう》思い思いに、雲を観《み》るもあり、水を眺むるもあり、遐《とおく》を望むもありて、その心には各々無限の憂《うれい》を懐《いだ》きつつ、※[#「りっしんべん+易」、第3水準1−84−53]息《てきそく》して面《おもて》をぞ見合せたる。
まさにこの時《とき》、衝《つ》と舳《とも》の方《かた》に顕《あらわ》れたる船長《せんちょう》は、矗立《しゅくりつ》して水先を打瞶《うちまも》りぬ。俄然《がぜん》汽笛の声は死黙《しもく》を劈《つんざ》きて轟《とどろ》けり。万事休す! と乗客は割るるがごとくに響動《どよめ》きぬ。
観音丸《かんのんまる》は直江津に安着《あんちゃく》せるなり。乗客は狂喜の声を揚《あ》げて、甲板《デッキ》の上に躍《おど》れり。拍手は夥《おびただ》しく、観音丸《かんのんまる》万歳! 船長万歳! 乗合《のりあい》万歳!
八人の船子《ふなこ》を備えたる艀《はしけ》は直《ただ》ちに漕《こぎ》寄せたり。乗客は前後を争いて飛移れり。学生とその友とはやや有《あ》りて出入口に顕《あらわ》れたり。その友は二人分の手荷物を抱《かか》えて、学生は例の厄介者《やっか
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