づか》わしげに目送《もくそう》せり。
やがて遙《はるか》に能生《のう》を認めたる辺《あたり》にて、天色《そら》は俄《にわか》に一変せり。――陸《おか》は甚《はなは》だ黒く、沖は真白に。と見る間に血のごとき色は颯《さ》と流れたり。日はまさに入らんとせるなり。
ここ一時間を無事に保たば、安危《あんき》の間を駛《は》する観音丸《かんのんまる》は、恙《つつが》なく直江津に着《ちゃく》すべきなり。渠《かれ》はその全力を尽して浪を截《き》りぬ。団々《だんだん》として渦巻く煤烟《ばいえん》は、右舷《うげん》を掠《かす》めて、陸《おか》の方《かた》に頽《なだ》れつつ、長く水面に横《よこた》わりて、遠く暮色《ぼしょく》に雑《まじ》わりつ。
天は昏※[#「夢」の「夕」に代えて「目」、第4水準2−82−16]《こんぼう》として睡《ねむ》り、海は寂寞《じゃくまく》として声無し。
甲板《デッキ》の上は一時|頗《すこぶ》る喧擾《けんじょう》を極《きわ》めたりき。乗客は各々《おのおの》生命を気遣《きづか》いしなり。されども渠等《かれら》は未《いま》だ風も荒《すさ》まず、波も暴《あ》れざる当座《とうざ》に慰め
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