ご》によりて、辛《から》くも内海《うちうみ》を形成《かたちつく》れども、泊《とまり》以東は全く洋々たる外海《そとうみ》にて、快晴の日は、佐渡島の糢糊《もこ》たるを見るのみなれば、四面《しめん》※[#「水/(水+水)」、第3水準1−86−86]茫《びょうぼう》として、荒波《あらなみ》山《やま》の崩《くず》るるごとく、心易《こころやす》かる航行は一年中半日も有難《ありがた》きなり。
さるほどに汽船の出発は大事を取りて、十分に天気を信ずるにあらざれば、解纜《かいらん》を見合《みあわ》すをもて、却《かえ》りて危険の虞《おそれ》寡《すくな》しと謂《い》えり。されどもこの日の空合《そらあい》は不幸にして見謬《みあやま》られたりしにあらざるなきか。異状の天色《てんしょく》はますます不穏《ふおん》の徴《ちょう》を表せり。
一時《ひとしきり》魔鳥《まちょう》の翼《つばさ》と翔《かけ》りし黒雲は全く凝結《ぎょうけつ》して、一髪《いっぱつ》を動かすべき風だにあらず、気圧は低落して、呼吸の自由を礙《さまた》げ、あわれ肩をも抑《おさ》うるばかりに覚えたりき。
疑うべき静穏《せいおん》! 異《あやし》むべき
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