つ》先生も遂に口を噤《つぐ》みて、そぞろに興《きょう》を催《もよお》したりき。

         下

 魚津《うおづ》より三日市《みっかいち》、浦山《うらやま》、船見《ふなみ》、泊《とまり》など、沿岸の諸駅《しょえき》を過ぎて、越中越後の境なる関《せき》という村を望むまで、陰晴《いんせい》すこぶる常ならず。日光の隠顕《いんけん》するごとに、天《そら》の色はあるいは黒く、あるいは蒼《あお》く、濃緑《こみどり》に、浅葱《あさぎ》に、朱《しゅ》のごとく、雪のごとく、激しく異状を示したり。
 邇《ちか》く水陸を画《かぎ》れる一帯の連山中に崛起《くっき》せる、御神楽嶽飯豊山《おかぐらがたけいいとよさん》の腰を十重二十重《とえはたえ》に※[#「榮」の「木」に代えて「糸」、第3水準1−90−16]《めぐ》れる灰汁《あく》のごとき靄《もや》は、揺曳《ようえい》して巓《いただき》に騰《のぼ》り、見《み》る見る天上に蔓《はびこ》りて、怪物などの今や時を得んずるにはあらざるかと、いと凄《すさま》じき気色《けしき》なりき。
 元来|伏木《ふしき》直江津間の航路の三分の一は、遙《はるか》に能登半島の庇護《ひ
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