》りて、
「その口が憎いよ。何もその代りと言わんでも、与《く》れなら与《く》れと。……」
「与《く》れ!」と渠《かれ》はその掌《てのひら》を学生の鼻頭《はなさき》に突出《つきいだ》せり。学生は直《ただち》にパイレットの函《はこ》を投付けたり。渠《かれ》はその一本を抽出《ぬきいだ》して、燐枝《マッチ》を袂《たもと》に捜《さぐ》りつつ、
「うむ、それから。」
「うむ、それからもないもんだ。」
「まあそう言わずに折角《せっかく》話したまえ。謹聴々々《きんちょうきんちょう》。」
「その謹聴《きんちょう》のきん[#「きん」に丸傍点]の字は現金のきん[#「きん」に丸傍点]の字だろう。」
「未《いま》だ詳《つまびらか》ならず。」とその友は頭《かしら》を掉《ふ》りぬ。
「それじゃその莨《たばこ》を喫《の》んで謹聴《きんちょう》し給え。
 去年の夏だ、八田潟《はったがた》ね、あすこから宇木村《うのきむら》へ渡ッて、能登《のと》の海浜《かいひん》の勝《しょう》を探《さぐ》ろうと思って、家《うち》を出たのが六月の、あれは十日……だったかな。
 渡場《わたしば》に着くと、ちょうど乗合《のりあい》が揃《そろ》ッ
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