》と気ばかり急《せ》きたがるもので、一時《いっとき》も早く如来様《にょらいさま》が拝みたさに、こんな不了簡《ふりょうけん》を起しまして。……」
「うむ、無理はないさ。」と学生は頷《うなず》きて、
「何も目が見えんからといって、船に乗られんという理窟《りくつ》はすこしもない。盲人《めくら》が船に乗るくらいは別に驚くことはないよ。僕は盲目《めくら》の船頭に邂逅《でッくわ》したことがある。」
 その友は渠《かれ》の背《そびら》に一撃《いちげき》を吃《くらわ》して、
「吹くぜ、お株《かぶ》だ!」
 学生は躍起《やっき》となりて、
「君の吹くぜもお株《かぶ》だ。実際ださ、実際僕の見た話だ。」
「へん、躄《いざり》の人力挽《じんりきひき》、唖《おし》の演説家に雀盲《とりめ》の巡査、いずれも御採用にはならんから、そう思い給え。」
「失敬な! うそだと思うなら聞き給うな。僕は単独《ひとり》で話をする。」
「単独《ひとり》で話をするとは、覚悟を極《き》めたね。その志に免じて一條《ひとくさり》聞いてやろう。その代り莨《たばこ》を一本。……」
 眼鏡|越《ごし》に学生は渠《かれ》を悪《にく》さげに見遣《みや
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