、瀬の下で、大仁通《おおひとがよ》いの街道を傍《わき》へ入って、田畝《たんぼ》の中を、小路へ幾つか畝《うね》りつつ上《のぼ》った途中であった。
上等の小春日和《こはるびより》で、今日も汗ばむほどだったが、今度は外套を脱いで、杖の尖《さき》には引っ掛けなかった。行《や》ると、案山子《かかし》を抜いて来たと叱られようから。
婦《おんな》は、道端の藪《やぶ》を覗《のぞ》き松の根を潜《くぐ》った、竜胆《りんどう》の、茎の細いのを摘んで持った。これは袂《たもと》にも懐にも入らないから、何に対し、誰《たれ》に恥ていいか分らない。
「マッチをあげますか。」
「先ず一服だ。」
安煙草《やすたばこ》の匂《におい》のかわりに、稲の甘い香《か》が耳まで包む。日を一杯に吸って、目の前の稲は、とろとろと、垂穂《たりほ》で居眠りをするらしい。
向って、外套の黒い裙《すそ》と、青い褄《つま》で腰を掛けた、むら尾花《おばな》の連《つらな》って輝く穂は、キラキラと白銀《はくぎん》の波である。
預けた、竜胆の影が紫の灯《ひ》のように穂をすいて、昼の十日ばかりの月が澄む。稲の下にも薄《すすき》の中にも、細流《せせ
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