若菜のうち
泉鏡花

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)申出《もうしい》でる

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)双方|容子《ようす》が
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 春の山――と、優に大きく、申出《もうしい》でるほどの事ではない。われら式のぶらぶらあるき、彼岸《ひがん》もはやくすぎた、四月上旬の田畝路《たんぼみち》は、些《ち》とのぼせるほど暖《あたたか》い。
 修善寺《しゅぜんじ》の温泉宿、新井《あらい》から、――着て出た羽織《はおり》は脱ぎたいくらい。が脱ぐと、ステッキの片手の荷になる。つれの家内が持って遣《や》ろうというのだけれど、二十か、三十そこそこで双方|容子《ようす》が好《い》いのだと野山の景色にもなろうもの……紫末濃《むらさきすそご》でも小桜縅《こざくらおどし》でも何でもない。茶縞《ちゃじま》の布子《ぬのこ》と来て、菫《すみれ》、げんげにも恥かしい。……第一そこらにひらひらしている蝶々《ちょうちょう》の袖《そで》に対しても、果報ものの狩衣《かりぎぬ》ではない、衣装持《いしょうもち》の後見《こうけん》は、いきすぎよう。
 汗ばんだ猪首《いくび》の兜《
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