もと》に立《た》ちて、「お月樣《つきさま》幾《いく》つ」と叫《さけ》ぶ時《とき》は、幾多《いくた》の(應《おう》)等《ら》同音《どうおん》に「お十三《じふさん》七《なゝ》つ」と和《わ》して、飛禽《ひきん》の翅《つばさ》か、走獸《そうじう》の脚《あし》か、一躍《いちやく》疾走《しつそう》して忽《たちま》ち見《み》えず。彼《かの》堆《うづたか》く積《つ》める蛇《くちなは》の屍《しかばね》も、彼等《かれら》將《まさ》に去《さ》らむとするに際《さい》しては、穴《あな》を穿《うが》ちて盡《こと/″\》く埋《うづ》むるなり。さても清風《せいふう》吹《ふ》きて不淨《ふじやう》を掃《はら》へば、山野《さんや》一點《いつてん》の妖氛《えうふん》をも止《とゞ》めず。或時《あるとき》は日《ひ》の出《い》づる立山《りふざん》の方《かた》より、或時《あるとき》は神通川《じんつうがは》を日沒《につぼつ》の海《うみ》より溯《さかのぼ》り、榎《えのき》の木蔭《こかげ》に會合《くわいがふ》して、お月樣《つきさま》と呼《よ》び、お十三《じふさん》と和《わ》し、パラリと散《ち》つて三々五々《さん/\ごゞ》、彼《かの》杖《つゑ》の響《ひゞ》く處《ところ》妖氛《えうふん》人《ひと》を襲《おそ》ひ、變幻《へんげん》出沒《しゆつぼつ》極《きはま》りなし。
 されば郷《がう》屋敷田畝《やしきたんぼ》は市民《しみん》のために天工《てんこう》の公園《こうゑん》なれども、隱然《いんぜん》(應《おう》)が支配《しはい》する所《ところ》となりて、猶《なほ》餅《もち》に黴菌《かび》あるごとく、薔薇《しやうび》に刺《とげ》あるごとく、渠等《かれら》が居《きよ》を恣《ほしいまゝ》にする間《あひだ》は、一|人《にん》も此《この》惜《をし》むべき共樂《きようらく》の園《その》に赴《おもむ》く者《もの》なし。其《その》去《さ》つて暫時《ざんじ》來《きた》らざる間《あひだ》を窺《うかゞ》うて、老若《らうにやく》爭《あらそ》うて散策《さんさく》野遊《やいう》を試《こゝろ》む。
 さりながら應《おう》が影《かげ》をも止《とゞ》めざる時《とき》だに、厭《いと》ふべき蛇喰《へびくひ》を思《おも》ひ出《いだ》さしめて、折角《せつかく》の愉快《ゆくわい》も打消《うちけ》され、掃愁《さうしう》の酒《さけ》も醒《さ》むるは、各自《かくじ》が伴《ともな》ひ行《ゆ》く幼《をさな》き者《もの》の唱歌《しやうか》なり。
 草《くさ》を摘《つ》みつつ歌《うた》ふを聞《き》けば、
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拾乎《ひらを》、拾乎《ひらを》、豆《まめ》拾乎《ひらを》、
  鬼《おに》の來《こ》ぬ間《ま》に豆《まめ》拾乎《ひらを》。
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 古老《こらう》は眉《まゆ》を顰《ひそ》め、壯者《さうしや》は腕《うで》を扼《やく》し、嗚呼《あゝ》、兒等《こら》不祥《ふしやう》なり。輟《や》めよ、輟《や》めよ、何《なん》ぞ君《きみ》が代《よ》を細石《さゞれいし》に壽《ことぶ》かざる!
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などと小言《こごと》をおつしやるけれど、拾《ひろ》はにやならぬ、いんまの間《ま》。
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 斯《か》くの如《ごと》く言消《いひけ》して更《さら》に又《また》、
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拾乎《ひらを》、拾乎《ひらを》、豆《まめ》拾乎《ひらを》、
     鬼《おに》の來《こ》ぬ間《ま》に豆《まめ》拾乎《ひらを》。
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 と唱《とな》へ出《いだ》す節《ふし》は泣《な》くがごとく、怨《うら》むがごとく、いつも(應《おう》)の來《きた》りて市街《しがい》を横行《わうかう》するに從《したが》うて、件《くだん》の童謠《どうえう》東西《とうざい》に湧《わ》き、南北《なんぼく》に和《わ》し、言語《ごんご》に斷《た》えたる不快《ふくわい》嫌惡《けんを》の情《じやう》を喚起《よびおこ》して、市人《いちびと》の耳《みゝ》を掩《おほ》はざるなし。
 童謠《どうえう》は(應《おう》)が始《はじ》めて來《きた》りし稍《やゝ》以前《いぜん》より、何處《いづこ》より傳《つた》へたりとも知《し》らず流行《りうかう》せるものにして、爾來《じらい》父母※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、112−8]兄《ふぼしけい》が誑《だま》しつ、賺《すか》しつ制《せい》すれども、頑《ぐわん》として少《すこ》しも肯《き》かざりき。
 都人士《とじんし》もし此事《このこと》を疑《うたが》はば、請《こ》ふ直《たゞ》ちに來《きた》れ。上野《うへの》の汽車《きしや》最後《さいご》の停車場《ステエシヨン》に達《たつ》すれば、碓氷峠《うすひたうげ》の馬車《ばしや》に搖《ゆ》られ、再《ふたゝ》び汽車《きしや》にて
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