へし》に遭《あ》はざるはなかりし。渠等《かれら》の無頼《ぶらい》なる幾度《いくたび》も此《この》擧動《きよどう》を繰返《くりかへ》すに憚《はゞか》る者《もの》ならねど、衆《ひと》は其《その》乞《こ》ふが隨意《まゝ》に若干《じやくかん》の物品《もの》を投《とう》じて、其《その》惡戲《あくぎ》を演《えん》ぜざらむことを謝《しや》するを以《も》て、蛇食《へびくひ》の藝《げい》は暫時《ざんじ》休憩《きうけい》を呟《つぶや》きぬ。
 渠等《かれら》米錢《べいせん》を惠《めぐ》まるゝ時《とき》は、「お月樣《つきさま》幾《いく》つ」と一齊《いつせい》に叫《さけ》び連《つ》れ、後《あと》をも見《み》ずして走《はし》り去《さ》るなり。ただ貧家《ひんか》を訪《と》ふことなし。去《さ》りながら外面《おもて》に窮乏《きうばふ》を粧《よそほ》ひ、嚢中《なうちう》却《かへつ》て温《あたゝか》なる連中《れんぢう》には、頭《あたま》から此《この》一藝《いちげい》を演《えん》じて、其家《そこ》の女房《にようばう》娘等《むすめら》が色《いろ》を變《へん》ずるにあらざれば、決《けつ》して止《や》むることなし。法《はふ》はいまだ一個人《いつこじん》の食物《しよくもつ》に干渉《かんせふ》せざる以上《いじやう》は、警吏《けいり》も施《ほどこ》すべき手段《しゆだん》なきを如何《いかん》せむ。
 蝗《いなご》、蛭《ひる》、蛙《かへる》、蜥蜴《とかげ》の如《ごど》きは、最《もつと》も喜《よろこ》びて食《しよく》する物《もの》とす。語《ご》を寄《よ》す(應《おう》)よ、願《ねが》はくはせめて糞汁《ふんじふ》を啜《すゝ》ることを休《や》めよ。もし之《これ》を味噌汁《みそしる》と洒落《しやれ》て用《もち》ゐらるゝに至《いた》らば、十|萬石《まんごく》の稻《いね》は恐《おそ》らく立處《たちどころ》に枯《か》れむ。
 最《もつと》も饗膳《きやうぜん》なりとて珍重《ちんちよう》するは、長蟲《ながむし》の茹初《ゆでたて》なり。蛇《くちなは》[#ルビの「くちなは」は底本では「くちはな」]の料理《れうり》鹽梅《あんばい》を潛《ひそ》かに見《み》たる人《ひと》の語《かた》りけるは、(應《おう》)が常住《じやうぢう》の居所《ゐどころ》なる、屋根《やね》なき褥《しとね》なき郷《がう》屋敷田畝《やしきたんぼ》の眞中《まんなか》に、銅《あかゞね》にて鑄《い》たる鼎《かなへ》(に類《るゐ》す)を裾《す》ゑ、先《ま》づ河水《かはみづ》を汲《く》み入《い》るゝこと八分目《はちぶんめ》餘《よ》、用意《ようい》了《をは》れば直《たゞ》ちに走《はし》りて、一本榎《いつぽんえのき》の洞《うろ》より數十條《すうじふでう》の蛇《くちなは》を捕《とら》へ來《きた》り、投込《なげこ》むと同時《どうじ》に目《め》の緻密《こまか》なる笊《ざる》を蓋《おほ》ひ、上《うへ》には犇《ひし》と大石《たいせき》を置《お》き、枯草《こさう》を燻《ふす》べて、下《した》より爆※[#「火+發」、110−5]《ぱツ/\》と火《ひ》を焚《た》けば、長蟲《ながむし》は苦悶《くもん》に堪《た》へず蜒轉※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《のたうちまは》り、遁《のが》れ出《い》でんと吐《は》き出《いだ》す纖舌《せんぜつ》炎《ほのほ》より紅《あか》く、笊《ざる》の目《め》より突出《つきいだ》す頭《かしら》を握《にぎ》り持《も》ちてぐツと引《ひ》けば、脊骨《せぼね》は頭《かしら》に附《つ》きたるまゝ、外《そと》へ拔出《ぬけい》づるを棄《す》てて、屍《しかばね》傍《かたへ》に堆《うづたか》く、湯《ゆ》の中《なか》に煮《に》えたる肉《にく》をむしや――むしや喰《く》らへる樣《さま》は、身《み》の毛《け》も戰悚《よだ》つばかりなりと。
(應《おう》)とは殘忍《ざんにん》なる乞丐《きつかい》の聚合《しうがふ》せる一團體《いちだんたい》の名《な》なることは、此一《このいち》を推《お》しても知《し》る可《べ》きのみ。生《い》ける犬《いぬ》を屠《ほふ》りて鮮血《せんけつ》を啜《すゝ》ること、美《うつく》しく咲《さ》ける花《はな》を蹂躙《じうりん》すること、玲瓏《れいろう》たる月《つき》に向《むか》うて馬糞《ばふん》を擲《なげう》つことの如《ごと》きは、言《い》はずして知《し》るベきのみ。
 然《しか》れども此《こ》の白晝《はくちう》横行《わうぎやう》の惡魔《あくま》は、四時《しじ》恆《つね》に在《あ》る者《もの》にはあらず。或《あるひ》は週《しう》を隔《へだ》てて歸《かへ》り、或《あるひ》は月《つき》をおきて來《きた》る。其《その》去《さ》る時《とき》來《きた》る時《とき》、進退《しんたい》常《つね》に頗《すこぶ》る奇《き》なり。
 一|人《にん》榎《えのき》の下《
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