風情《ふぜい》のある、小さな店を指して、
「あの裏に、旦那、弁慶《べんけい》手植《てうえ》の松があるで――御覧になるかな。」
「いや、帰途《かえり》にしましょう。」
その手植の松より、直接《じか》に弁慶にお目に掛《かか》った。
樹立《こだち》の森々《しんしん》として、聊《いささ》かもの凄《すご》いほどな坂道――岩膚《いわはだ》を踏むようで、泥濘《ぬかり》はしないがつるつると辷《すべ》る。雨降りの中では草鞋《わらじ》か靴ででもないと上下《じょうげ》は難《むずか》しかろう――其処《そこ》を通抜《とおりぬ》けて、北上川《きたかみがわ》、衣河《ころもがわ》、名にしおう、高館《たかだち》の址《あと》を望む、三方見晴しの処(ここに四阿《あずまや》が立って、椅子の類、木の株などが三つばかり備えてある。)其処《そこ》へ出ると、真先に案内するのが弁慶堂である。
車夫《わかいしゅ》が、笠を脱いで手に提《さ》げながら、裏道を崖下《がけさが》りに駈出《かけだ》して行った。が、待つと、間もなく肩に置手拭《おきてぬぐい》をした円髷《まるまげ》の女が、堂の中から、扉を開いた。
「運慶の作でござります。」
と
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