》だで。」
けれども、胸が細くなった。轅棒《かじ》で、あの大《おおき》い巻斑《まきふ》のある角《つの》を分けたのであるから。
「やあ、汝《われ》、……小僧も達《たっ》しゃがな。あい、御免。」
敢《あえ》て獣《けもの》の臭《におい》さえもしないで、縦の目で優しく視《み》ると、両方へ黒いハート形の面《おもて》を分けた。が牝牛《めうし》[#「牝牛」では底本では「牡牛」]の如きは、何だか極りでも悪かったように、さらさらと雨のあとの露を散《ちら》して、山吹の中へ角を隠す。
私はそれでも足を縮めた。
「ああ、漸《やっ》と衣《ころも》の関《せき》を通ったよ。」
全く、ほっとしたくらいである。振向いて見る勇気もなかった。
小家《こいえ》がちょっと両側に続いて、うんどん、お煮染《にしめ》、御酒《おんさけ》などの店もあった。が、何処《どこ》へも休まないで、車夫《わかいしゅ》は坂の下で俥《くるま》をおろした。
軒端《のきば》に草の茂った、その裡《なか》に、古道具をごつごつと積んだ、暗い中に、赤絵《あかえ》の茶碗、皿の交《まじ》った形は、大木の空洞《うつろ》に茨《いばら》の実の溢《こぼ》れたような
前へ
次へ
全27ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング