えて待っていた。まだ葉ばかりの菖蒲《あやめ》杜若《かきつばた》が隈々《くまぐま》に自然と伸びて、荒れたこの広い境内《けいだい》は、宛然《さながら》沼の乾いたのに似ていた。
別に門らしいものもない。
此処《ここ》から中尊寺《ちゅうそんじ》へ行く道は、参詣の順をよくするために、新たに開いた道だそうで、傾いた茅《かや》の屋根にも、路傍《みちばた》の地蔵尊《じぞうそん》にも、一々《いちいち》由緒のあるのを、車夫《わかいしゅ》に聞きながら、金鶏山《きんけいざん》の頂《いただき》、柳の館《たち》あとを左右に見つつ、俥《くるま》は三代の豪奢《ごうしゃ》の亡びたる、草の径《こみち》を静《しずか》に進む。
山吹がいまを壮《さかり》に咲いていた。丈高《たけたか》く伸びたのは、車の上から、花にも葉にも手が届く。――何処《どこ》か邸《やしき》の垣根|越《ごし》に、それも偶《たま》に見るばかりで、我ら東京に住むものは、通りがかりにこの金衣《きんい》の娘々《じょうじょう》を見る事は珍しいと言っても可《よ》い。田舎の他土地《ほかとち》とても、人家の庭、背戸《せど》なら格別、さあ、手折《たお》っても抱いてもいい
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