《きよひら》存生《ぞんじょう》の時、自在坊《じざいぼう》蓮光《れんこう》といへる僧に命じ、一切経書写の事を司《つかさど》らしむ。三千日が間、能書《のうしょ》の僧数百人を招請《しょうせい》し、供養し、これを書写せしめしとなり。余《よ》もこの経を拝見せしに、その書体|楷法《かいほう》正しく、行法《ぎょうほう》また精妙にして――
[#ここで字下げ終わり]
 と言うもの即《すなわち》これである。
 ちょっと(この寺のではない)或《ある》案内者に申すべき事がある。君が提《ささ》げて持った鞭だ。が、遠くの掛軸《かけじく》を指し、高い処《ところ》の仏体を示すのは、とにかく、目前に近々《ちかぢか》と拝まるる、観音勢至《かんおんせいし》の金像《きんぞう》を説明すると言って、御目《おんめ》、眉の前へ、今にも触れそうに、ビシャビシャと竹の尖《さき》を振うのは勿体《もったい》ない。大慈大悲の仏たちである。大して御立腹もあるまいけれども、作《さく》がいいだけに、瞬《またたき》もしたまいそうで、さぞお鬱陶《うっとう》しかろうと思う。
 俥《くるま》は寂然《しん》とした夏草塚《なつくさづか》の傍《そば》に、小さく見
前へ 次へ
全27ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング