越寺では、運慶《うんけい》の作と称《とな》うる仁王尊《におうそん》をはじめ、数ある国宝を巡覧せしめる。
「御参詣の方にな、お触《さわ》らせ申しはいたさんのじゃが、御信心かに見受けまするで、差支えませぬ。手に取って御覧なさい、さ、さ。」
 と腰袴《こしばかま》で、細いしない竹の鞭《むち》を手にした案内者の老人が、硝子蓋《がらすぶた》を開けて、半ば繰開《くりひら》いてある、玉軸金泥《ぎょくじくこんでい》の経《きょう》を一巻、手渡しして見せてくれた。
 その紺地《こんじ》に、清く、さらさらと装上《もりあが》った、一行金字《いちぎょうきんじ》、一行銀書《いちぎょうぎんしょ》の経である。
 俗に銀線に触るるなどと言うのは、こうした心持《こころもち》かも知れない。尊《たっと》い文字は、掌《て》に一字ずつ幽《かすか》に響いた。私は一拝《いっぱい》した。
「清衡朝臣《きよひらあそん》の奉供《ぶぐ》、一切経《いっさいきょう》のうちであります――時価で申しますとな、唯《ただ》この一巻でも一万円以上であります。」
 橘《たちばな》南谿《なんけい》の東遊記《とうゆうき》に、
[#ここから2字下げ]
これは清衡
前へ 次へ
全27ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング