――拝見をいたしました。」
「はい。」
 と腰衣《こしごろも》の素足で立って、すっと、経堂を出て、朴歯《ほおば》の高足駄《たかあしだ》で、巻袖《まきそで》で、寒く細《ほっそ》りと草を行《ゆ》く。清らかな僧であった。
「弁天堂を案内しますで。」
 と車夫《わかいしゅ》が言った。
 向うを、墨染《すみぞめ》で一人|行《ゆ》く若僧《にゃくそう》の姿が、寂《さび》しく、しかも何となく貴《とうと》く、正に、まさしく彼処《かしこ》におわする……天女の御前《おんまえ》へ、われらを導く、つつましく、謙譲なる、一個のお取次のように見えた。
 かくてこそ法師たるものの効《かい》はあろう。
 世に、緋、紫、金襴《きんらん》、緞子《どんす》を装《よそお》うて、伽藍《がらん》に処すること、高家諸侯《こうけだいみょう》の如く、あるいは仏菩薩《ぶつぼさつ》の玄関番として、衆俗《しゅうぞく》を、受附で威張《いば》って追払《おっぱら》うようなのが少くない。
 そんなのは、僧侶なんど、われらと、仏神の中を妨ぐる、姑《しゅうと》だ、小姑《こじゅうと》だ、受附だ、三太夫だ、邪魔ものである。
 衆生《しゅじょう》は、きゃつばら
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