に、一架《いっか》を高く設けて、ここに、紺紙金泥《こんしきんでい》の一巻を半ば開いて捧げてある。見返しは金泥銀泥《きんでいぎんでい》で、本経《ほんきょう》の図解を描く。……清麗巧緻《せいれいこうち》にしてかつ神秘である。
 いま此処《ここ》に来てこの経を視《み》るに、毛越寺の彼はあたかも砂金を捧ぐるが如く、これは月光を仰ぐようであった。
 架《か》の裏に、色の青白い、痩《や》せた墨染《すみぞめ》の若い出家が一人いたのである。
 私の一礼に答えて、
「ご緩《ゆる》り、ご覧なさい。」
 二、三の散佚《さんいつ》はあろうが、言うまでもなく、堂の内壁《ないへき》にめぐらした八《やつ》の棚に満ちて、二代|基衡《もとひら》のこの一切経《いっさいきょう》、一代|清衡《きよひら》の金銀泥一行《きんぎんでいいちぎょう》まぜ書《がき》の一切経、並《ならび》に判官贔屓《ほうがんびいき》の第一人者、三代|秀衡《ひでひら》老雄の奉納した、黄紙宋板《おうしそうばん》の一切経が、みな黒燿《こくよう》の珠玉の如く漆《うるし》の架《か》に満ちている。――一切経の全部量は、七駄片馬《しちだかたうま》と称うるのである。

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