と》見事なのがあって、山中心得《さんちゅうこころえ》の条々《じょうじょう》を記した禁札《きんさつ》と一所《いっしょ》に、たしか「浅葱桜《あさぎざくら》」という札が建っていた。けれども、それのみには限らない。処々《ところどころ》汽車の窓から視《み》た桜は、奥が暗くなるに従って、ぱっと冴《さえ》を見せて咲いたのはなかった。薄墨《うすずみ》、鬱金《うこん》、またその浅葱《あさぎ》と言ったような、どの桜も、皆ぽっとりとして曇って、暗い紫を帯びていた。雲が黒かったためかも知れない。
唯《と》、階《きざはし》の前の花片《はなびら》が、折からの冷い風に、はらはらと誘《さそ》われて、さっと散って、この光堂の中を、空《そら》ざまに、ひらりと紫に舞うかと思うと――羽目《はめ》に浮彫《うきぼり》した、孔雀《くじゃく》の尾に玉を刻んで、緑青《ろくしょう》に錆《さ》びたのがなお厳《おごそか》に美しい、その翼を――ぱらぱらとたたいて、ちらちらと床にこぼれかかる……と宙で、黄金《きん》の巻柱《まきばしら》の光をうけて、ぱっと金色《こんじき》に飜《ひるがえ》るのを見た時は、思わず驚歎の瞳《ひとみ》を瞠《みは》った。
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