》のが、
「はあ、其処《そこ》は開けません事になっております。けれども戸棚でございますから。」
「少々ばかり、御免下さい。」
 と、網の目の細い戸を、一、二寸開けたと思うと、がっちりと支《つか》えたのは、亀井六郎《かめいろくろう》が所持と札を打った笈《おい》であった。
 三十三枚の櫛《くし》、唐《とう》の鏡、五尺のかつら、紅《くれない》の袴《はかま》、重《かさね》の衣《きぬ》も納《おさ》めつと聞く。……よし、それはこの笈にてはあらずとも。
「ああ、これは、疵《きず》をつけてはなりません。」
 棚が狭いので支《つか》えたのである。
 そのまま、鬼子母神を礼して、ソッと戸を閉《た》てた。
 連《つれ》の家内が、
「粋《いき》な御像《おすがた》ですわね。」
 と、ともに拝んで言った。
「失礼な事を、――時に、御案内料は。」
「へい、五銭。」
「では――あとはどうぞお賽銭《さいせん》に。」
 そこで、鎧《よろい》着《き》たたのもしい山法師に別れて出た。
 山道、二町ばかり、中尊寺はもう近い。
 大《おおき》な広い本堂に、一体見上げるような釈尊《しゃくそん》のほか、寂寞《せきばく》として何もない
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