よ、とこう野中《のなか》の、しかも路の傍《はた》に、自由に咲いたのは殆ど見た事がない。
 そこへ、つつじの赤いのが、ぽーとなって咲交《さきまじ》る。……
 が、燃立《もえた》つようなのは一株も見えぬ。霜《しも》に、雪に、長く鎖《とざ》された上に、風の荒ぶる野に開く所為《せい》であろう、花弁が皆堅い。山吹は黄なる貝を刻んだようで、つつじの薄紅《うすくれない》は珊瑚《さんご》に似ていた。
 音のない水が、細く、その葉の下、草の中を流れている。それが、潺々《せんせん》として巌《いわ》に咽《むせ》んで泣く谿河《たにがわ》よりも寂《さみ》しかった。
 実際、この道では、自分たちのほか、人らしいものの影も見なかったのである。
 そのかわり、牛が三頭、犢《こうし》を一頭《ひとつ》連れて、雌雄《めすおす》の、どれもずずんと大《おおき》く真黒なのが、前途《ゆくて》の細道を巴形《ともえがた》に塞《ふさ》いで、悠々と遊んでいた、渦が巻くようである。
 これにはたじろいだ。
「牛飼《うしかい》も何もいない。野放しだが大丈夫かい。……彼奴《あいつ》猛獣だからね。」
「何ともしゃあしましねえ。こちとら馴染《なじみ》だで。」
 けれども、胸が細くなった。轅棒《かじ》で、あの大《おおき》い巻斑《まきふ》のある角《つの》を分けたのであるから。
「やあ、汝《われ》、……小僧も達《たっ》しゃがな。あい、御免。」
 敢《あえ》て獣《けもの》の臭《におい》さえもしないで、縦の目で優しく視《み》ると、両方へ黒いハート形の面《おもて》を分けた。が牝牛《めうし》[#「牝牛」では底本では「牡牛」]の如きは、何だか極りでも悪かったように、さらさらと雨のあとの露を散《ちら》して、山吹の中へ角を隠す。
 私はそれでも足を縮めた。
「ああ、漸《やっ》と衣《ころも》の関《せき》を通ったよ。」
 全く、ほっとしたくらいである。振向いて見る勇気もなかった。
 小家《こいえ》がちょっと両側に続いて、うんどん、お煮染《にしめ》、御酒《おんさけ》などの店もあった。が、何処《どこ》へも休まないで、車夫《わかいしゅ》は坂の下で俥《くるま》をおろした。
 軒端《のきば》に草の茂った、その裡《なか》に、古道具をごつごつと積んだ、暗い中に、赤絵《あかえ》の茶碗、皿の交《まじ》った形は、大木の空洞《うつろ》に茨《いばら》の実の溢《こぼ》れたような
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