きみ》をなすった。
 とそう思うほど、真白《ましろ》き面影、天女の姿は、すぐ其処《そこ》に見えさせ給う。
 私は恥じて俯向《うつむ》いた。
「そのままでお宜《よろ》しい。」
 壇は、下駄《げた》のままでと彼《か》の僧が言うのである。
 なかなか。
 足袋《たび》の、そんなに汚れていないのが、まだしもであった。
 蜀紅《しょくこう》の錦《にしき》と言う、天蓋《てんがい》も広くかかって、真黒《まくろ》き御髪《みぐし》の宝釵《ほうさい》の玉一つをも遮《さえぎ》らない、御面影《おんおもかげ》の妙《たえ》なること、御目《おんまな》ざしの美しさ、……申さんは恐多《おそれおお》い。ただ、西の方《かた》遥《はるか》に、山城国《やましろのくに》、浄瑠璃寺《じょうるりでら》、吉祥天《きっしょうてん》のお写真に似させ給う。白理《はくり》、優婉《ゆうえん》、明麗《めいれい》なる、お十八、九ばかりの、略《ほぼ》人《ひと》だけの坐像である。
 ト手をついて対したが、見上ぐる瞳に、御頬《おんほお》のあたり、幽《かすか》に、いまにも莞爾《かんじ》と遊ばしそうで、まざまざとは拝めない。
 私は、端坐して、いにしえの、通夜《つや》と言う事の意味を確《たしか》に知った。
 このままに二時《ふたとき》いたら、微妙な、御声《おこえ》が、あの、お口許《くちもと》の微笑《ほほえみ》から。――
 さて壇を退《しりぞ》きざまに、僧のとざす扉につれて、かしこくもおんなごりさえ惜《おし》まれまいらすようで、涙ぐましくまた額《がく》を仰いだ。御堂そのまま、私は碧瑠璃《へきるり》の牡丹花《ぼたんか》の裡《うち》に入って、また牡丹花の裡から出たようであった。
 花の影が、大《おおき》な蝶《ちょう》のように草に映《さ》した。
 月ある、明《あきらか》なる時、花の朧《おぼろ》なる夕《ゆうべ》、天女が、この縁側《えんがわ》に、ちょっと端居《はしい》の腰を掛けていたまうと、経蔵から、侍士《じし》、童子《どうじ》、払子《ほっす》、錫杖《しゃくじょう》を左右に、赤い獅子に騎《き》して、文珠師利《もんじゅしり》が、悠然と、草をのりながら、
「今晩は――姫君、いかが。」
 などと、お話がありそうである。
 と、麓《ふもと》の牛が白象《びゃくぞう》にかわって、普賢菩薩《ふげんぼさつ》が、あの山吹のあたりを御散歩。
 まったく、一山《いっさん》
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