の中《うち》に、然《そ》うした花の咲くのは壁にうどんげの開《ひら》くとおなじだ。俺たちが見れば、薄暗い人間界に、眩《まぶし》い虹のやうな、其の花のパツと咲いた処《ところ》は鮮麗《あざやか》だ。な、家を忘れ、身を忘れ、生命《いのち》を忘れて咲く怪しい花ほど、美しい眺望《ながめ》はない。分けて今度の花は、お一《いち》どのが蒔《ま》いた紅《あか》い玉から咲いたもの、吉野紙《よしのがみ》の霞《かすみ》で包んで、露《つゆ》をかためた硝子《ビイドロ》の器《うつわ》の中へ密《そっ》と蔵《しま》つても置かうものを。人間の黒い手は、此を見るが最後|掴《つか》み散らす。当人は、黄色い手袋、白い腕飾《うでかざり》と思ふさうだ。お互に見れば真黒よ。人間が見て、俺たちを黒いと云ふと同一《おなじ》かい、別して今来た親仁《おやじ》などは、鉄棒同然、腕に、火の舌を搦《から》めて吹いて、右の不思議な花を微塵《みじん》にせうと苛《あせ》つて居《お》るわ。野暮《やぼ》めがな。はて、見て居れば綺麗なものを、仇花《あだばな》なりとも美しく咲かして置けば可《い》い事よ。
三の烏 なぞとな、お二《ふた》めが、体《てい》の可《い》い
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