そして、雪のやうなお手の指を環《わ》に遊ばして、高い処《ところ》で、青葉の上で、虹の膚《はだ》へ嵌めるやうになさいますと、其の指に空の色が透通《すきとお》りまして、紅い玉は、颯《さっ》と夕日に映つて、まつたく虹の瞳《ひとみ》に成つて、そして晃々《きらきら》と輝きました。其の時でございます。お庭も池も、真暗《まっくら》に成つたと思ひます。虹も消えました。黒いものが、ばつと来て、目潰《めつぶ》しを打ちますやうに、翼を拡げたと思ひますと、其の指環を、奥様の手から攫《さら》ひまして、烏が飛びましたのでございます。露《つゆ》に光る木《こ》の実《み》だ、と紅《あか》い玉を、間違へたのでございませう。築山《つきやま》の松の梢《こずえ》を飛びまして、遠くも参りませんで、塀の上に、此の、野の末《すえ》の処《ところ》へ入ります、真赤な、まん円《まる》な、大きな太陽様《おひさま》の前に黒く留《と》まつたのが見えたのでございます。私《わたし》は跣足《はだし》で庭へ駈下《かけお》りました。駈《か》けつけて声を出しますと、烏は其のまゝ塀の外へ又飛びましたのでございます。丁《ちょう》ど其処《そこ》が、裏木戸《うらき
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