末の処へ入ります。真赤《まっか》な、まん円《まる》な、大きな太陽様《おひさま》の前に黒く留まったのが見えたのでございます。私は跣足《はだし》で庭へ駈下《かけお》りました。駈けつけて声を出しますと、烏はそのまま塀の外へまた飛びましたのでございます。ちょうどそこが、裏木戸の処でございます。あの木戸は、私が御奉公申しましてから、五年と申しますもの、お開け遊ばした事といっては一度もなかったのでございます。
紳士 うむ、あれは開けるべき木戸ではないのじゃ。俺が覚えてからも、止《や》むを得ん凶事で二度だけは開けんければならんじゃった。が、それとても凶事を追出いたばかりじゃ。外から入って来た不祥《ふしょう》はなかった。――それがその時、汝《きさま》の手で開いたのか。
侍女 ええ、錠《じょう》の鍵《かぎ》は、がっちりささっておりましたけれど、赤錆《あかさび》に錆切りまして、圧《お》しますと開きました。くされて落ちたのでございます。塀の外に、散歩らしいのが一人立っていたのでございます。その男が、烏の嘴《くちばし》から落しました奥様のその指環を、掌《てのひら》に載せまして、凝《じっ》と見ていましたのでござ
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